エスプレッソマティーニとは何か——1983年ロンドン、夜のバーで生まれた一杯

エスプレッソマティーニとは何か——1983年ロンドン、夜のバーで生まれた一杯

エスプレッソマティーニ(Espresso Martini)とは、エスプレッソ、ウォッカ、コーヒーリキュールを合わせたカクテルです。1983年にロンドンで生まれ、覚醒と陶酔を一杯にまとめた飲み物として、世界中のバーで定番となっています。

「目を覚まさせて、それから酔わせて」——1980年代のロンドン、ソーホーのバーカウンターで、ある若い女性がそう告げた、と伝えられています。応えたのは、当時のバーテンダー、ディック・ブラッドセル。彼の手の中で、ウォッカと淹れたてのエスプレッソが出会いました。

シェーカーで激しく振られた液体は、グラスに注がれると、深い闇のような色と、きめ細かな泡を伴って現れる。一口飲めば、カフェインの覚醒とアルコールの陶酔が、同じ時間に身体を駆け巡る。新しい時代のカクテルが、ここに生まれていました。

エスプレッソマティーニは、いつ・どこから生まれたのか

エスプレッソマティーニの起源は、1983年のロンドンにあります。場所は、ソーホー地区、Old Compton Street にあった「Soho Brasserie」。そこで働いていたバーテンダー、ディック・ブラッドセル(Dick Bradsell)が、この一杯を生み出しました。

きっかけは、ある夜にバーを訪れた若いトップモデルからのオーダーだったと、ブラッドセル自身が後に語っています。彼女は、長い撮影の後でカウンターに座り、こう告げました——「私を目覚めさせて、それから酔わせて」(Wake me up, then fuck me up)。

ブラッドセルはカウンターの背後を見渡し、設置されたばかりのエスプレッソマシンに目を留めました。そして、ウォッカとエスプレッソ、コーヒーリキュールを合わせ、シェーカーで強く振って氷を一気に砕く。グラスに注ぐと、表面にはきめ細かな泡が浮かびあがりました。

最初の名前は、Vodka Espresso(ウォッカ・エスプレッソ)でした。素材の組み合わせを率直に表した名前です。Soho Brasserie のメニューに加わり、夜のロンドンで静かに広がっていきました。

転機が訪れたのは、1990年代でした。この時代、ニューヨークやロンドンのバーでは「Martini craze」と呼ばれる流行が起きていました。マティーニグラスに注ぐカクテルが、洗練された一杯の象徴として持てはやされていた時期です。ブラッドセルの一杯も、マティーニグラスに注がれて提供されるようになり、いつしか Espresso Martini という名で呼ばれるようになります。

1998年、ブラッドセルはロンドンの Notting Hill にあるレストラン「Pharmacy」のバーマネージャーになります。そこで再び、この一杯にリネームを施しました。新しい名前は「Pharmaceutical Stimulant(薬効性興奮剤)」。レストランの世界観に合わせた、ブラッドセルらしい遊び心のある命名でした。

Vodka Espresso、Espresso Martini、Pharmaceutical Stimulant。同じ一杯が、時代や場所に合わせて姿を変えていきました。そのなかで、グラスに注がれた液体の本質は、最初の夜から変わっていません。エスプレッソとウォッカが出会い、覚醒と陶酔を同居させる、一杯のカクテル。それが、ロンドンの夜から世界中に広がっていきました。

なぜ3粒のコーヒー豆が乗っているのか

エスプレッソマティーニには、グラスの表面に浮かぶ泡の上に、3粒のコーヒー豆が静かに乗せられる定番のスタイルがあります。装飾としての美しさはもちろんですが、この3粒には、ちゃんとした意味があります。

3粒のコーヒー豆は、富(wealth)、健康(health)、幸福(happiness)の3つを象徴している、と伝えられています。

「富」「健康」「幸福」を象徴する、3粒のコーヒー豆。
「富」「健康」「幸福」を象徴する、3粒のコーヒー豆。

この習慣の起源は、エスプレッソマティーニそのものではなく、イタリアのサンブーカ文化にさかのぼります。

サンブーカは、イタリアでよく飲まれる、アニス系のリキュールです。食後酒として、ストレートで提供される際、グラスにコーヒー豆が3粒添えられることがあります。この飲み方は、現地のバールで「con la mosca」(コン・ラ・モスカ/「蝿付き」の意)と呼ばれています。グラスの中のコーヒー豆を、サンブーカの透明な液体に浮かぶ「蝿」になぞらえた、イタリアらしいユーモアです。

この3粒に込められた意味が、富・健康・幸福の象徴です。背景には、イタリア・カトリック文化における「3」という数の特別さがあると言われています。父・子・聖霊の三位一体に通じる、聖なる数。それが、サンブーカと一緒に願いとして手渡されてきました。

ブラッドセルが、このイタリアの伝統を引用したことは、ブラッドセル自身の娘である Bea Bradsell(ビー・ブラッドセル)がインタビューで明かしています。父はこのアイディアをイタリアのサンブーカ文化から「拝借した」のだ、と。

イタリアの食後酒文化が持っていた、小さな幸福の願い。それが大西洋を渡って、ロンドンの夜のカクテルにも引き継がれた。エスプレッソマティーニの3粒のコーヒー豆は、そんな文化のリレーを物語っています。

コーヒー文化の進化は、この一杯をどう変えたのか

1983年のエスプレッソマティーニが、ブラッドセルの手で生まれた当時、彼が使っていたエスプレッソは、深煎りの豆から抽出された、力強い苦味を持つ一杯でした。1980年代のヨーロッパでは、エスプレッソといえば深煎り、というのが当然の前提だったのです。

この深煎りの強い苦味に、ウォッカの冷たい鋭さ、コーヒーリキュールの甘さ、そして砂糖を合わせる。苦味と甘み、覚醒と陶酔。対比の構造が、エスプレッソマティーニの設計思想でした。長く愛されてきたクラシックなレシピは、この対比の上に成立しています。

ところが、2010年代以降、コーヒーの世界には大きな変化が訪れています。サードウェーブと呼ばれる、スペシャルティコーヒー文化の広がりです。

サードウェーブ以降のコーヒーは、豆を産地ごと、農園ごとに個性として評価する文化です。エチオピアの華やかなフローラルなアロマ、ケニアの完熟ベリーのような酸味、コロンビアの柔らかな甘み——豆そのものの個性が、ワインのように語られるようになりました。

特に、明るく華やかな酸味を持つ浅煎りの豆は、それまでの「コーヒーは深煎りで濃いもの」という認識を覆しました。これを、エスプレッソマティーニに使うとどうなるか。

苦味と甘みの対比、という従来の設計に、もう一つの要素が加わります。豆そのものの複雑なアロマ——フルーツ、フローラル、シトラス——が、ウォッカの冷たい輪郭と、コーヒーリキュールの甘さの間に、別の風景を映し出すのです。

クラシックなエスプレッソマティーニが、苦味と甘みの綱引きとしての完成形だったとすれば、現代のエスプレッソマティーニは、もう一つの方向——豆の個性を表現するキャンバスとしての完成形——を獲得しつつあります。これは優劣ではなく、二つの設計思想です。

どう作るのか——基本のレシピと豆の選び方

エスプレッソマティーニは、家でも作れる飲み物です。必要なのは、シェーカー、エスプレッソ、ウォッカ、コーヒーリキュール、そして氷。それだけです。

材料 分量 役割
ウォッカ 40ml アルコールの骨格
コーヒーリキュール 15ml 甘みとコク
エスプレッソ 30ml 香り・酸味・苦味の主役
シロップ(任意) 5ml 全体を調和させる

作り方はこのような流れです。

  1. 抽出したてのエスプレッソを用意する。粗熱を取らず、温かい状態で使う
  2. シェーカーにウォッカ、コーヒーリキュール、エスプレッソ、シロップを注ぐ
  3. 氷をシェーカーの8分目までたっぷり入れる。氷が少ないと加水が進みすぎて、味がぼやけてしまう
  4. 力強くシェイクする。10〜15秒、両手でしっかりと振る
  5. ストレーナーで漉しながら、冷やしておいたマティーニグラスに注ぐ
  6. グラスの表面に浮いた泡の上に、コーヒー豆を3粒、静かに乗せる

豆の選び方は、目指す味わいによって変わります。

クラシックな深煎りの苦味と甘みの対比を楽しみたいなら、ブラジル、コロンビア、グアテマラといった中南米産の深煎り豆が向いています。ロースト感のあるチョコレートやキャラメルのフレーバーが、ウォッカと砂糖の構造によく重なります。

一方、現代のスペシャルティコーヒー的なアプローチを試したいなら、エチオピア、ケニア、ルワンダといった、明るい酸味を持つ浅煎り〜中煎りの豆を選んでみてください。グラスの中で立ち上ってくるアロマがまったく変わります。

シェーカーがない場合は、密閉できるジャー(ガラス瓶)でも代用できます。エスプレッソマシンがない場合は、濃いめに抽出したドリップコーヒーや、水出しコーヒー、フレンチプレスでも作ることができます。ただし、エスプレッソに比べると油分が少ないので、表面のクレマ(泡)は出にくくなります。

最後に、エスプレッソマティーニはアルコールを含む飲み物です。運転前後の摂取は避け、適量を楽しむのが安全です。

エスプレッソマティーニを楽しむためのご質問

Q. エスプレッソマシンがない場合、代用できるコーヒーはありますか?

濃いめに抽出したドリップコーヒーや、水出しコーヒーで代用できます。フレンチプレスを使うと、コーヒーの油分も抽出されるため、よりエスプレッソに近い質感が再現できます。専用のマシンがなくても、抽出の工夫次第で十分に美味しいカクテルが作れます。

Q. 表面の美しい泡(クレマ)を作るコツは何ですか?

抽出したての温かいエスプレッソを使うことと、空気をしっかり含ませる力強いシェイクが必要です。エスプレッソの温度が下がると、泡立ちが悪くなります。材料をすべて揃えてから、最後にエスプレッソを抽出して素早くシェイクに移るのが理想のタイミングです。

Q. どのようなコーヒー豆を選ぶとよいですか?

表現したい味わいによって選ぶ豆は変わります。クラシックな味わいを求めるなら、ブラジルやコロンビアの深煎りが向いています。華やかでモダンな一杯を目指すなら、エチオピアやケニアの浅煎りのスペシャルティコーヒーを選ぶとよいです。豆の個性がそのままグラスに反映されます。

Q. アルコール度数はどのくらいですか?

使用するウォッカやリキュールによりますが、ウォッカ40ml(アルコール度数40%)+コーヒーリキュール15ml(同20〜25%)+エスプレッソ30ml で作った場合、一杯あたりのアルコール量は約20ml、純アルコール量にすると約15g 程度です。ビール中瓶1本に近い量で、ストレート系のショートカクテルとしては中程度のアルコール度数になります。

覚醒と陶酔のあいだに残るもの

エスプレッソマティーニは、ある夜の即興から生まれた一杯でした。「目を覚まさせて、それから酔わせて」というオーダーに、ブラッドセルが見いだした答え。それが時を経て、世界中のバーで定番の一杯になっています。

この飲み物の面白さは、複数の文化が一つのグラスに重なっている点にあります。ロンドンの夜のバーカウンター、イタリアのサンブーカの伝統、現代のサードウェーブのコーヒー文化。それらが、グラスの中で出会い、いまも変化を続けています。

家で淹れる一杯にも、同じ自由が広がっています。クラシックな深煎りでも、現代のスペシャルティ系の浅煎りでも、好みの方向を選んでください。コーヒー豆の選び方ひとつで、グラスの中の景色は変わります。

私たち Espresso Refill の生エスプレッソは、エスプレッソマシンがなくても、瓶を開けて注ぐだけで使えます。エスプレッソマティーニを家で気軽に試したい方には、選択肢の一つとしてご検討いただけます。

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