ノンアルコールウイスキーとしての生エスプレッソという選択

ノンアルコールウイスキーとしての生エスプレッソという選択

ウイスキー好きが納得する「ノンアルコール・ウイスキー」という飲み物は、この世には実在しない。しかし、エスプレッソは同じ嗜みをノンアルコールで楽しめる、数少ない存在だと言える。

30歳に入った頃、ウイスキーの魅力に気づき始めた。最初に「これはおいしい」と思ったのは、江井ヶ嶋酒造のホワイトオークシングルモルトあかしをハイボールで飲んだ時だった。それまでの「癖のある蒸留酒の炭酸割り」という単純なイメージが、この時は味覚体験の向こうに木の樽が見えたのがきっかけだった。

私は上質な味覚体験からは、しばしばビジョンのようなものが見える。それはきっと、美術を見て何か心を動かされるようなもので、わかる方にはわかると思う。

ウイスキーの沼に片足をつけた今、冷静に自己分析するなかで感じた、ウイスキーとエスプレッソの共通の嗜みを書いていきたい。

ウイスキーを楽しむとは、どういうことか

ウイスキーを飲んでいる時、何を感じているのか。これは、たぶん飲んでいる人それぞれが言葉にしにくいまま抱えていることだと思う。私なりに分けて考えてみると、二つの方向に整理できる。

一方には、機能的価値を満たすためのウイスキーがある。ウイスキーっぽい匂いと、アルコール成分による良い透水感。これはこれで、用途として悪いものではない。一日の終わりに、何か強いものを口に含んで一区切りつけたい、というような時に、機能としてしっかり仕事をしてくれる。

もう一方に、私が好むウイスキーがある。それは、まず最低限フルーツであったり、そのウイスキーが持っているフレーバーが、明確にビジョンとして感じられるもの。たとえばカバランのトロピカルフルーツ、なかでもパイナップルのような香り。グレンリヴェットのりんごのようなフレーバー。あるいはニッカ・余市から感じられるメープルシロップのような甘さ。これらのウイスキーを飲んでいると、フレーバーがフレーバーとして留まらず、その先に何かのイメージが浮かび上がってくる。

ここで、もう少し踏み込んで言葉にしておきたいことがある。本当に感動する体験からは、情景のような、単にフレーバーとは言えないビジョンが見える時がある。これはウイスキーに限った話ではなく、ワインや梅酒などでも同じことが言える。明確なフレーバーがあって、それに合わせて複雑さや立体感を感じる。そしてその味覚体験からは、過去にそのフレーバーを感じ取った記憶が呼び起こされる。

具体的に言うと、こういうことだ。ウイスキーから、ただメープルシロップを感じる。ウイスキーからは、ただメープルシロップが見える。ここで終わるパターンもある。けれども、もっと複雑なフレーバー一体感を持つ味覚体験からは、たとえばこういう情景が呼び起こされることがある。秋の広葉樹が葉を落とし、枯れ草の糖分が空気中にキャラメルのような風味を漂わせている、そんな公園のなかを歩いていた幼少期の記憶。

ウイスキーが渡しているのは、メープルシロップというフレーバーそのものではない。そのフレーバーをきっかけに、私のなかから引き出されてくる、こういう情景や記憶のほうだったのだと思う。

ウイスキーを楽しむ、というのは、たぶんこういうことなのだと思っている。グラスのなかのフレーバーを起点にして、自分のなかから何かが立ち上がってくる体験。それを、銘柄を変えながら、熟成のやり方を変えながら、その日の自分の気分を観察しながら、繰り返し味わっていく。

そして、ここからが本題なのだけれども、この嗜み方は、エスプレッソにそのまま重なる。

エスプレッソとウイスキーは、嗜み方が通じるのか

前の節で、ウイスキーが渡しているのはフレーバーそのものではなく、フレーバーを起点に立ち上がってくるビジョンや情景の方だ、と書いた。ここからは、エスプレッソが同じ構造を持っているという話に入っていきたい。

エスプレッソに通ずる部分は、やはりこの高濃度な液体が高濃度であること、にある。

エスプレッソとは、9bar——つまり大気のおよそ9倍の圧力——を液体にかけて、コーヒーの粉から成分を取り出す抽出方法のことを指す。これはコーヒーの抽出方法のなかでも、かなり特殊な部類に入る。ペーパードリップやフレンチプレスのような、お湯と粉を時間をかけて触れさせる方法とは、抽出のメカニズムそのものが違う。圧力で短時間に押し出されたエスプレッソは、その結果として、ふつうのコーヒーよりはるかに高い濃度を持つ液体になる。同じ豆を使っても、抽出方法が変わるだけで、まったく別の飲み物が出来上がる。

ここで一つ、ウイスキーとの構造的な類似が見えてくる。

ウイスキーは、本物を作ろうと思うと、何十年という時間が必要になる。樽のなかでゆっくりと、液体が変化していく。木の繊維が成分を渡し、酸素が少しずつ入り、夏と冬の寒暖で液体が呼吸する。何年もかけて、液体に複雑さや立体感が積み重なっていく。

一方のエスプレッソは、ほんの短時間のうちに抽出される。9bar という圧力をかけて、液体に複雑さを引き出す。流れる時間の方向は、ウイスキーとは逆になる。何十年と、ほんの短時間。けれども、結果として液体が持つ「濃縮された味覚層」という性質は、構造として近いものがある。

上質なエスプレッソは、ただ高濃度なだけではない。雑味のような、味覚体験の輪郭をぼやけさせるような余分な要素が排除されていて、ボリュームがあるのに輪郭がはっきりしている。甘みと、蜜のような食感を伴う。

ここで「雑味がない」「輪郭がはっきりしている」という感覚を、もう少し言葉にしておきたい。クリーンというのは、味覚の項目として立てるにはあまりにも微細な、味覚体験を構成する要素のことだ。それの有無によって、雑味の有無が変わる。上質なエスプレッソは、複雑でボリューム感のある味なのに、不快に感じる雑味がない。ただ濃いだけではなく、ボリュームがあるのに輪郭はっきりしていて、甘みと蜜のような食感を伴う。この「輪郭」が、フレーバーをフレーバーのまま留めずに、その先のビジョンへと開いていく。

その飲みやすさと、複雑な風味、立体感、強烈な味覚体験、繊細なフレーバー。これらが同じ液体のなかに同居しているという驚きが、エスプレッソという飲み物の特徴をかたちづくっている。

高濃度であるということは、そのまま「短い量に多くの情報が詰まっている」ということでもある。一杯のなかに、フレーバーの幅と、立体的な厚みと、強さが、密度を持って入っている。たとえば、ベリーや柑橘のような明るい酸を持つこともあれば、チョコレートやカラメルのような甘さに、奥のほうで樹皮のような苦みが寄り添うこともある。一杯のなかで、味わいが時間軸を持って動いていく。

フレーバーがフレーバーとして留まらず、飲んだ瞬間に、立体的な体験として広がっていく。これは、樽熟成のウイスキーが何十年の時間をかけて獲得していくものに、構造として近い場所にある。

ウイスキーがビジョンを立ち上げるなら、エスプレッソも同じことをする。物質はまったく違うけれども、結果として渡しているものは、同じ場所を指している。だから私は、ウイスキーを楽しまれる方はエスプレッソも楽しめると思っている。両者の嗜み方は、構造として通じているからだ。

朝のエスプレッソは、ウイスキーと並ぶ嗜みになりうるか

ここで、もう一つ書いておきたいことがある。

夜にウィスキーを楽しめる人は、朝にエスプレッソを楽しめる。

これは、私自身が最近感じていることだ。アルコールを含むウイスキーと、カフェインを含むエスプレッソは、時間帯は違うけれども、その味覚体験の構造には共通する部分がある。

少なくとも私にとってエスプレッソは、目を覚ますための機能的な一杯ではない。かつてコーヒーは、眠気を払うための機能としての飲み物だった時代があった。けれども現代では、豆の産地特性が抽出技術によって強調されることで生まれる、強烈な感動体験を渡せる飲み物にもなっている。フィルターコーヒーでは得られない食感や油分、クレマが生み出す、脳裏にビジョンが映し出されるような体験を、ほんの数分のあいだに——エスプレッソらしく特急で——味わう。

ウイスキーが、仕事終わりの一日を閉じる側にある嗜みだとすれば、エスプレッソは、一日を開く側にある嗜みだ。アルコールとカフェインという、それぞれが持つ成分の違いから、場面は違えど、嗜みとしての構造は同じ。ビジョンが浮かぶ体験を、別の物質で、別の時間帯に楽しむ。それが両者の関係だと思っている。

高い濃度と、それに起因する応用性にも、共通する点がある。

私はエスプレッソを抽出することが大好きだが、多くの場合それを水割りで飲む。同様にウイスキーも、家飲みでは水割りだ。家飲みのウイスキーは、繊細な味覚を保つために極めて薄めに希釈した、サントリーのローヤルを嗜んでいる。水割りで飲むようになってから、自然とジャパニーズウイスキーを手に取る回数が増え、ローヤルに辿り着いた。そこから、サントリーが日本食に合わせて水割りという飲み方を日本に浸透させた背景を後から学び、この味覚設計に納得感を抱いた。

エスプレッソを飲む場合は、薄めのお湯割りである。エスプレッソが持つ油分が揮発し、少量でも存分に産地特性を表現してくれる。

私は食べ物やデザートと一緒に飲むことが大好きなため、相性の良い産地や銘柄を選び、薄めの水割りやお湯割りというスタイルで嗜むスタイルが定着したのだと思う。

さまざまな銘柄や産地特性を覚え始めると、産地、銘柄の得意不得意がわかってくる。炭酸で割る、牛乳で割る、オンザロック、ストレート、お湯割り、水割り。それぞれの飲み方と相性の良い産地・銘柄があり、何が一番かという疑問が愚問であることに気がつくと同時に、楽しみが無限に広がる。

朝のエスプレッソは、ウイスキーと並ぶ嗜みになりうるか。私は、なりうると思っている。物質は違う、時間帯も違う、けれども嗜みとしての構造は同じ。ノンアルコールであることを生かしながら、ウイスキーが渡していたあの体験を、朝の側で楽しむことができる。

「ノンアルコール・ウイスキー」を探していた方へ

ここで、もう一つ整理しておきたいことがある。

「ノンアルコール・ウイスキー」という飲み物を探して、この記事にたどり着いた方もいるかもしれない。先にお伝えしておきたいのは、ノンアルコール・ウイスキーという完成形は、厳密にはまだ実在しないということだ。

市場に流通している関連商品は、いくつかのカテゴリに分かれる。

ひとつは、ノンアルコール・ハイボール。これは「ウイスキーを炭酸で割って飲む」という飲用シーンを再現する方向で設計されている。糖質や香料を調整して、ハイボールを飲んでいる時の感覚に近づけている。これは実在する、と言っていい飲料だ。

もうひとつは、海外のクラフト・ノンアル・スピリッツの系列。植物由来のボタニカル、樹皮、スパイス、ハーブを抽出して組み合わせ、ウイスキーやバーボンのフレーバープロファイルに近づけていく方向。ウイスキーの香気成分そのものの再現を目指している。これも、一定の完成度に達している。

これらの飲み物は、ウイスキーが持っていた「機能的価値の層」——つまり、ウイスキーっぽい匂いと、アルコール感に近い口当たり——を、できるだけ精度高くなぞろうとしている。それぞれが、別のアプローチで、別の精度で、その仕事をしている。

ただ、ここで一つだけ留保したいのは、これらが「ウイスキーそのもの」のノンアル版かと問われると、まだそこには届いていない、ということだ。

私は、ウイスキーの本質は味覚体験それ自体ではないと思っている。ウイスキーの本質とは——これはクラフトマンシップから生まれるあらゆるものに通じることだと思うが——飲むことを通して、人に味覚体験を超える何かを伝達したり想起させたりする、ある種の芸術体験だ。これを別の物質で完全に渡し切る飲み物——それを「ノンアルコール・ウイスキー」と呼ぶならば、その完成形は、いまの市場にはまだ立っていない。

そして、ここで提案したいのが生エスプレッソだ。

生エスプレッソは、ウイスキーの香りを再現することも、飲用シーンを再現することも、樽熟成のプロセスを再現することもしていない。エスプレッソという、まったく別の物質を使って、ウイスキーが渡していたビジョンの立ち上がる体験を、結果として近い構造で渡す。

これは、ウイスキーの代替品ではない。ウイスキーの直訳でもない。エスプレッソというカテゴリのなかに留まったまま、ウイスキーの嗜みと同じ構造を持っている、別の飲み物だ。

だから、ノンアルコールでウイスキーの嗜みを求めていた方には、選択肢のひとつとして提案したい。既存のノンアルコール・ハイボールやノンアル・スピリッツと敵対する飲み物ではない。それらと並ぶ、もう一方の選択肢として、エスプレッソが存在する。

ノンアルコール・ウイスキーという完成形を待つかわりに、いま手元に置ける「もう一方の嗜み」として、生エスプレッソを選んでいただける場面が、夜のあとの朝にも、食後の一杯にも、バーカウンターの一杯にも、あると思っている。

ウイスキーの楽しみがわかる方にこそ、エスプレッソを

ここまで、ウイスキーを楽しむとはどういうことか、エスプレッソが構造として通じているのはなぜか、エスプレッソがウイスキーと並ぶ嗜みになりうるか、そして「ノンアルコール・ウイスキー」を探していた方へ何が提案できるかを、順に書いてきた。

ウイスキーに関する銘柄、熟成、樽材、エージング、ブレンドによって味が変わってくることを知りながら、私は楽しいと感じている。毎年メーカーは新しいコンセプトの限定ブレンドを出し、そのブレンドの意図を、私たちは飲むことで初めて答え合わせができる。そうして得られる知識や経験を持って味わうこと。これは私にとってとても楽しい時間だ。そして、この楽しみがわかる方にとっては、エスプレッソを楽しむというのも、同じ種類の楽しみが横たわっているのではないかと思っている。

産地、農園、品種、処理工程、焙煎度合い——。それらの違いが液体の味に変化を与え、衝撃的に、そしてしみじみとそれを味わう。ウイスキーが好きな方にとっても、たぶん馴染みのある楽しみ方だ。

生エスプレッソが、ノンアルコール・ウイスキーの純粋な「代わり」になると言いたいわけではない。代替ではなく、もう一方の嗜みとして、ウイスキーと並んで手元に置いてもらいたい飲み物だと思っている。

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最後にもう一度、書いておきたい。

夜にウィスキーを楽しめる人は、朝にエスプレッソを楽しめる。

両者の嗜み方は、通じている。ウイスキーを嗜む方にとって、酒以外の新たな嗜みとして、エスプレッソを楽しんでいただける。私はそう思っている。

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