カフェインレスコーヒーとは——テロワールが残るデカフェの時代
カフェインレスコーヒーとは、カフェインを取り除いたコーヒーのことです。日本では90%以上の除去が表示の基準で、現在は99.9%まで取り除く製法も広く使われています。香りや味わいはそのままに、カフェインだけを減らした一杯を指します。
どうせ、味は落ちるんでしょう——カフェインレスと聞いて、そう思った方は少なくないはずです。正直に言えば、その感覚は間違っていませんでした。少し前までは。
カフェインの抜き方がこの十数年で変わり、デカフェの常識は静かに書き換わりつつあります。この記事では、その仕組みと、いま選ぶならどこを見ればよいかをご案内します。
なぜ「カフェインレスはおいしくない」と言われてきたのか
デカフェの歴史は、20世紀の初めまでさかのぼります。輸送中に海水をかぶった豆からカフェインが抜けていたことをきっかけに、ドイツで最初の商業的なカフェイン除去法が生まれた、と伝えられています。以来この技術は、長いあいだ「安全に、確実に抜くこと」を最優先に進化してきました。
その過程で、置き去りにされたものがあります。香りです。
カフェインは水にもお湯にも溶けやすい成分ですが、コーヒーの香味をつくる成分も、同じように溶け出してしまいます。カフェインだけを狙って抜くのは、技術的にとても難しい。結果として、かつてのデカフェは「カフェインと一緒に、豆の個性まで抜けた一杯」になりがちでした。
私自身、以前はカフェインレスに産地の個性を感じることがほとんどありませんでした。どの豆で作っても、処理を経ると同じ味に落ち着いてしまう。産地の風景ごと消えている、と感じていました。
「カフェインレスはおいしくない」という評判は、豆のせいではありません。抜き方のせいでした。そして抜き方は、変えられます。
抜けていたのは、カフェインだけではなかったのです。
カフェインは、どうやって取り除くのか——4つの製法
カフェインの除去は、収穫後の生豆——焙煎される前の、緑色の豆の段階で行われます。方法は大きく4つに分かれます。
最も古くからあるのは、有機溶剤を使う方法です。カフェインを溶かす薬剤に生豆を浸す直接的なやり方で、欧米ではいまも広く使われています。ただ、日本ではこの溶剤(塩化メチレンなど)が食品用途で認められていないため、溶剤法のデカフェが国内の売り場に並ぶことは、まずありません。
次に、二酸化炭素を使う方法。「超臨界二酸化炭素抽出法」という名前には少し身構えますが、仕組みの骨格はシンプルです。圧力をかけた二酸化炭素は液体と気体の中間のような状態になり、カフェインを選んで溶かし出せるようになります。薬剤を使わず、香味への影響も小さい方法として、日本のメーカーにも採用が広がっています。
そして、水で抜く方法が2つ。スイスウォータープロセスと、マウンテンウォータープロセスです。国内のスペシャルティコーヒーの売り場でデカフェを手に取ると、この2つの名前を見かけることが多いはずです。
面白いのは、ここ十数年の進化の主戦場が「どれだけ抜けるか」ではなく「どれだけ残せるか」に移ってきたことです。どの製法を選ぶかは、何を残したいかの選択でもあります。
スイスウォーターとマウンテンウォーターは、何が違うのか
まず名前の話から。スイスウォータープロセスは、技術の原型がスイスで生まれたことに由来しますが、現在この名前を掲げる専業工場があるのは、カナダ・バンクーバー近郊のデルタという街です。スイスの水で洗っているわけではありません。
仕組みの核になるのは、「生豆抽出液」と呼ばれる水です。コーヒーの生豆からカフェイン以外の水溶性成分——香味のもとになる成分たち——をあらかじめ溶かし込み、飽和させた水。この水に生豆を浸すと、不思議なことが起きます。香味成分は水側がすでに満杯なので、豆から出ていけません。カフェインだけが、濃度の低い水側へ移動していきます。あとはその水を活性炭のフィルターに通してカフェインを取り除き、循環させる。8〜10時間ほどかけて、公称99.9%のカフェインが取り除かれます。薬剤は使いません。
マウンテンウォータープロセスも、原理は同じ系統です。こちらの担い手はメキシコ・ベラクルス州コルドバの専業工場で、メキシコ最高峰ピコ・デ・オリサバの水を使うことが名前の由来になっています。コーヒー産地のただ中にある、1980年創業・ラテンアメリカ初のデカフェ工場です。
つまり2つの違いは、仕組みではなく担い手です。運営する会社、処理が行われる場所、使われる水。どちらも「香味を先に守っておいて、カフェインだけを動かす」という同じ発想でできています。
抜く技術の競争は、いつのまにか、残す技術の競争になっています。
テロワールが残るデカフェとは、どういうことか
テロワールという言葉があります。もとはワインの世界の言葉で、土壌や気候、標高といった土地の条件が味わいに刻む個性のことです。コーヒーも農作物なので、同じことが起きます。エチオピアの豆には花や柑橘を思わせる明るさが、中南米の豆にはナッツやチョコレートを思わせる甘さが——という具合に、産地には顔があります。
かつてのデカフェでは、この顔が消えていました。それが、変わってきています。水抽出法で処理されたエチオピア・シダモのデカフェは、花の香りや柑橘の明るさを残したまま流通するようになり、スペシャルティコーヒーの世界では「デカフェらしくないデカフェ」が、もう珍しくありません。
近年のカフェインレスであれば、たとえばフリーウォッシュド(果肉を水で洗い落とす精製方式)のエチオピア・モカシダモ。あの魅力的なシトラスのフレーバーが残っていることは、焙煎豆の保存容器を嗅いだ時点でわかります。
私たち Espresso Refill でも、カフェインレスの生エスプレッソを Blue ラベルとして瓶に詰めています。豆はロットごとに変わりますが、スイスウォーターかマウンテンウォーター、どちらかの水抽出法で処理されたものを選んで仕入れています。
デカフェから、産地が消えなくなってきたのです。
デカフェ・カフェインレス・ノンカフェイン、どう違うのか
言葉の整理をしておきます。売り場で見かける3つの表記は、指しているものが違います。
- カフェインレス:カフェインを90%以上取り除いたもの。業界の公正競争規約で、この基準を満たしたものだけが名乗れます
- デカフェ:「カフェインを取り除いた(decaffeinated)」が語源。日本の売り場では、カフェインレスと実質同じ意味で使われています
- ノンカフェイン:そもそもカフェインを含まない原料で作られた飲み物。麦茶やルイボスティーがこちらです
知っておきたいのは、カフェインレスもデカフェも、厳密には「ゼロではない」ことです。とはいえ、基準の90%どころか99.9%まで取り除く水抽出法が広く使われているいま、残るのはごく少量です。体質やお医者さんの指示でカフェインを完全に避ける必要がある方だけ、ノンカフェインを選ぶ——線引きは、これで十分です。
コーヒーの味を夜も楽しみたい、という方にとって、この残り方が選択を妨げることはまずありません。夜に選ぶなら、この違いだけ覚えておけば十分だと思います。
選び方と楽しみ方——夜の一杯から、エスプレッソまで
では、どう選ぶか。私は3つの表記を見ています。
一つ目は、製法の表記。スイスウォーター、マウンテンウォーター、二酸化炭素——カフェインをどう抜いたかまで明記されているのは、スペシャルティコーヒーが大切にしてきたトレーサビリティ(生豆がたどってきた工程を追える透明性)の現れです。
二つ目は、産地の表記。「デカフェ」とだけ書かれたものより、エチオピアのどのエリアか、コロンビアのどの農園か——国名だけでなく、農園や処理場の名前まで記載されているものの方が、残った個性を楽しめる可能性が高くなります。産地を細かく書くのは、産地の顔が残っているからです。
三つ目は、鮮度。カフェインレスも普通のコーヒーと同じで、香りは時間とともに静かに減っていきます。
手軽に始めるなら、スーパーやコンビニで手に入るカフェインレスも正解の一つです。インスタントにも水抽出法や二酸化炭素で処理されたものが増えていて、これはこれで、夜の一杯を十分に支えてくれます。
その先に、豆やエスプレッソで楽しむ世界があります。といっても、無理にそのまま飲む必要はありません。食後のデザートには、デカフェのアイスラテ。そして日本の暮らしなら、アイスクリームが一番おいしいのは風呂上がりです。その一皿に眠りの心配なく注げるエスプレッソがあれば、アフォガードはそのまま夜のデザートになります。どれも、少し前までは眠りと引き換えだった楽しみ方です。カフェインレスなら、そのまま布団に入れます。
なお、妊娠中や授乳期のカフェインとの付き合い方は、それだけで一つの記事になる話題です。別の機会に、詳しく書く予定でいます。
コーヒーを諾める理由が、また一つ減っていきます。
抜いたあとに、残るもの
デカフェの評判は、この数年で静かに書き換わってきました。抜く技術は残す技術になり、産地の個性が残り、夜の一杯が残り、食後の楽しみが残る。
数年後には、「カフェインレスだから、味はそこそこ」という言い訳のほうが先に消えているかもしれません。カフェインを抜いても、コーヒーの楽しみは残ります。むしろ、これまで夜に諾めていた時間のぶんだけ、楽しみは増えているのだと思います。
カフェインレスコーヒーについて、よくあるご質問
Q. カフェインは完全にゼロですか?
厳密にはゼロではありませんが、残るのはごく少量です。日本の基準では90%以上の除去で「カフェインレス」「デカフェ」と表示でき、この記事で紹介した水抽出法では99.9%まで取り除かれます。体質やお医者さんの指示で完全に避ける必要がある場合は、原料にカフェインを含まない「ノンカフェイン」の飲み物をお選びください。
Q. カフェインレスコーヒーは体に悪いですか?
現在日本で流通するデカフェは、水や二酸化炭素でカフェインを取り除いたものがほとんどで、処理に由来する健康上の懸念は指摘されていません。日本で食品用途に認められていない溶剤を使った製品は、そもそも国内には流通していません。
Q. どんな効果が期待できますか?
いちばん分かりやすいのは、眠りへの効果です。カフェインの目を覚ます働きは飲んだあと数時間続くため(半減期は5〜7時間ほど・個人差があります)、夕斓16時ごろを境にカフェインを控えると、睡眠の質を保ちやすくなります。午後の遅い時間からカフェインレスに切り替えれば、コーヒーの味を諾めずにそれができます。
Q. 妊娠中・授乳中でも飲めますか?
カフェインレスはカフェインがゼロではないため、量や頻度は、かかりつけの医師に相談しながら取り入れるのが安心です。一般的なコーヒーと比べて、カフェインの接取を大きく抑えられる選択肢ではあります。詳しくは別の記事で扱う予定です。
カフェインレスの Blue ラベルを含む、生エスプレッソの4つのラベルは商品一覧からご覧いただけます。
参照元
- Swiss Water(公式): Our Coffee Decaffeination Process
- Barista Magazine: Understanding the Process: Swiss Water Decaffeination
- Beancraft: What is the Mountain Water Process?
- Daily Coffee News: Swiss Water Opens 82,000-SF Production Center Outside Vancouver
- Descamex: MW D'caff | Mountain Water Process
- De La Finca Coffee Importers: Ethiopia Washed Sidamo Mountain Water Decaf
- 食品安全委員会: ハザード概要シート(塩化メチレン/ジクロロメタン)
- 睡眠プライマリケアクリニック: カフェインに対する向き合い方
- 全国公正取引協議会連合会: コーヒー飲料等の表示に関する公正競争規約
- Sucafina: Sidamo Gr. 4 SWP
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